エッセイ

みかん

みかんには「へそ」がある。
白い花が咲き、実をつけ、色づき、それを摘み取る時に残った「がく」の部分。たいがい、かわいらしい星の形で残っている。
私には、みかんにまつわる酸っぱい思い出がある。
数年前、私は4人の子育てにメドがたったころ、結婚生活にピリオドをうった。元夫は四国、愛媛県の出身で、冬になると、実家の裏山から取れた小ぶりのみかんがたくさん送られてきた。
「やっぱり愛媛のみかんは、味が濃くて、うまいなあ」と元夫はよく言った。そしておもむろにみかんをひっくり返し、「みかんはこうやってむくもんや」「このほうが、筋がきれいに取れるやろう」と、星型のへそのほうから皮をむいてみせた。
「ポンジュース」というみかん果汁100%の商品がある。「まじめな愛媛のポンジュース〜」というキャッチをご存じの方も多いと思う。私はよく女友だちから、「あなたの、‘まじめなポンジュースさん’はどうしてる?」って言われた。
元夫はいわゆるエリート企業戦士。たぶん、私は彼の「まじめさ」に魅かれて結婚した。しかし月日が経つにつれ、彼の「まじめさ」は「‘き’まじめさ」になり、そして「おもしろ味のなさ」や「かたくなさ」になっていった。正確に言うと、彼が変わったわけではない、私が変わったのだろう。私が彼を「おもしろ味のない男」と感じるようになったというのが正確なところだ。朝早く家を出て、帰宅は早くても9時過ぎ、しばしば深夜に及ぶ。子育ても任せっきり、休みの日は一日寝て終わり、そんな生活が続いた。仕事はある意味、順調だった(少なくとも彼はそう思っていた)。出世し、お給料は増えた。
離婚原因はいわゆる「性格の不一致」(これはこれで、離婚の大きな事由になる)。「悪い人」ではなかったが、「まじめなポンジュースさん」に魅力を感じなくなった。
私は2年前、今のつれあいと再婚した。今年に入って私の母が亡くなり、一人残った88歳の父の介護のために目下「介護別居」中である。スーパーに並んだみかんを見て、ふと思った。「今のつれあいは、みかんの皮をどちらからむくのかしら?」知らないことがちょっと怖いが、知るのはもっと怖い気がする。